『宮本武蔵 般若の決斗』

六十郎の伊藤正尚です。

1961年から東映映画は、内田吐夢監督と中村錦之助のコンビで一年一作のペースで吉川英治原作「宮本武蔵」を映画化します。映画化第1作『宮本武蔵』で、沢庵和尚に野人武蔵から人間武蔵へと変貌を遂げる為、姫路城天守にある開かずの間に三年間閉じ籠ります。翌1962年公開の『宮本武蔵 般若坂の決斗』では、21歳になった武蔵が天守の開かずの間が出て、名も武蔵(タケゾウ)から武蔵(ムサシ)に変えて剣の道に生きる事を宣言します。

姫路城は、山陽道の要害として平城が造られ、関ヶ原の戦い後に城主となった池田輝政により大規模な城郭になりました。他の城ではない便所が天守閣にあり、小説の設定に近い部屋もあり、平成15年までは武蔵の部屋として公開されていた様です。その美しい姿から“白鷺城”とも言われていました。私は、1970年代前半に岡山から新幹線に乗った際、車窓から見ていますが、以後、縁が無かったのですが、昨日、広島からの帰りに寄り、車でしたので寄って、真新しい天守を拝んで来ました。

泉鏡花原作の「天守物語」を、昨年7月、中村玉三郎が歌舞伎化しています。玉三郎に海老蔵の共演を聞き、愚妻は、観たくて堪らず義理姉様と二人で観に行きました。その美しく怪しい芝居の世界の虜になって帰って来ました。その為、広島の帰りに姫路城に寄りたいと私が言ったら二つ返事でした。玉三郎が演じた富姫が住むのは、姫路城の天守閣との設定だからです。美しい白鷺城の天守閣に、美しい玉三郎が演じた富姫に自身が成り切り、海老蔵が演じた図書之助を侍らせる世界を夢見た様です。

GW明けに、入場規制が無くなったと聞いていましたが、やはり、日曜日です。駐車場の車両のナンバーは、関東や九州方面もありました。脇から入ったのですが、来場者の多さから入場規制がかかりました。待ち時間に見学時間を合わせると三時間以上との説明に、天守閣を見上げただけで、やむなく、帰路につきました。やや漆喰の色が落ち着いてきた様ですが、青空に映える白さでした。駐車場に戻る際、お濠に青鷺が一羽水面を観ていました。白鷺ではありませんでしたが、風情を感じ、再度のチャレンジを誓って帰路につきました。

では。(2015,06,299
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