♪セーラー服と機関銃♪

六十郎の伊藤正尚です。

広島に所用で出掛けて来ました。その際、呉に足を運び通称“大和ミュージアム”を見学して来ました。開館して10年になるとの事でしたが、多くの見学客が訪れていました。戦前、軍都広島と共に海軍工廠で賑わった呉市の様子も理解出来ました。戦艦大和の大型模型も迫力がありました。欧米系の観光客に混じって、セラー服の海上自衛隊員らしき見学者も数人いました。戦後、海軍工廠は民間に払い下げられましたが、まだ、海上自衛隊呉地方総監部がおかれている為の様です。

古い世代ですので、セーラー服と言えば学校の制服のイメージです。ですから、海上自衛隊員のセーラー服姿が新鮮に見えたのかもしれません。19世紀に水夫の甲板衣として誕生後、世界中の海軍で軍服として使われ続けています。そして、子供服や女性のファッションとしても世界的に着られています。1920年頃には、日本でも女学生用の学生服として採用され始めています。私が住む愛知県でも金城学院が1921年に制服採用としている様です。そんな女学生用のセーラー服も、今や、ブレザータイプに移行しつつある様です。

私が高校生の頃、一部の都立高校では制服が無くなったと聞いた記憶があります。しかし、少なくとも1981年の夏には都立八潮高校にはセイラー服の制服があった事は間違いありません。何故なら、当時、八潮高校に在校中だったあの薬師丸ひろ子が、八潮高校の制服であるセイラー服を着て『セイラー服と機関銃』に出演しているからです。映画は、1981年12月に東映系で公開されて大ヒットします。主題歌の♪セーラー服と機関銃♪も大ヒットします。

相米慎二監督の作品ですのでロングショットや長廻しの作品で話の筋は?部分のありますが、セーラー服姿の薬師丸ひろ子が発するスターのオーラがそれらの否定的要素を凌駕しています。結果、薬師丸ひろ子は角川映画のエースとして君臨します。その後、テレビで原田知世や長澤まさみでリメイクされています。しかし、本家を凌駕したとは言われていません。先日、赤川次郎が書いた続編の「セイラー服と機関銃・その後」が映画化されるという発表されました。橋本環奈が主演と聞いています。ブレザー服体系の橋本環奈で、果たして上手くセーラー服が着こなせるか、ちょっと不安です。

では。(2015,06,30)
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