♪乾杯♪part2

六十郎の伊藤正尚です。

結婚式のイメージだと♪ここに幸あり♪を紹介しましたが、1988年にヒットし現在も良く歌われるのが長渕剛の♪乾杯♪です。ただ、イメージ的には筋骨隆々な今の長渕剛では無く、やや青白かった頃の長渕剛に似合う曲でした。その1988年の夏の甲子園大会で活躍した江ノ川高校の谷繁元信選手の事を、今でも、良く覚えています。その頃既にスポーツ紙などでは強肩で豪打の捕手として注目されていました。NHKの中継でも盛んに持ち上げていた事を覚えています。

地元の広島カープが野村謙二郎をドラフト1位で指名した関係か、大洋ホエールズが谷繁元信選手をドラフト1位で指名しました。1年目から一軍の試合に出場していましたので、ドラゴンズと大洋ホエールズの試合がある時は、注目していました。年々身体つきが大きくなり、打球が飛ぶ様子も覚えています。FA資格を取った頃は、大洋ホエールズの正捕手と共に若手No. 1の捕手として他球団方も認識されていました。

大リーグに捕手として最初に挑戦したのも、谷繁元信選手でした。ただ、大リーグに行くには身体が小柄だと懸念していましたが、案の定、テスト段階で評価が低く断念しました。その頃、大リーグが駄目だった際は、ドラゴンズに入るのではと噂さされていましたので、ドラゴンズ入団は驚きませんでした。当時のチーム状況も有り、五番で使われる事も多々ありました。落合博満が監督就任の際に谷繁元信選手の存在が大きかったとも聞いています。

7月28日に、野村克也選手の最多出場記録を更新する3018試合に出場しました。朴訥なお父さんは嘘が言えない様で、右肩の状態が相当悪い事を記者に吐露した様です。勿論、谷繁元信選手本人は決して言わないでしょうし、そぶりも見せません。6月に広島で就職した子供を訪ねた時、宿泊先のホテルがドラゴンズの宿泊先でもありました。エレベーターホールで、谷繁元信選手と遭遇しました。頭に白い物が目立ち、試合後の疲労感がありありでした。それでも、トップでいる限りその様な姿はグランドでは決して見せません。プロ野球選手として引退するまで見守り続けます。

では。(2015,07,30)
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