「10・8 巨人vs.中日 史上最高の決戦」

六十郎の伊藤正尚です。

プレミア12に侍ジャパンが結成され、対外試合を行っています。そのメンバーに、大阪桐蔭高校出身者が3名います。PL高校に代わって今や大阪桐蔭高校が、高校野球でもプロ野球でも存在感を増しています。その大阪桐蔭高から最初にプロ野球に入った選手が、今中慎二選手です。中日ドラゴンズにドラフト一位で入団し、しなる様な左腕から、糸を引く様なストレートと打者をあざ笑う様なスローカーブのコンビネーションで勝ち星を重ねていました。

今中慎二選手は巨人戦に強く、対巨人戦11連勝を飾った事があります。そんな今中慎二選手の巨人戦での活躍の様子をYouTubeで観た後の為か、書店で「10・8 巨人vs.中日 史上最高の決戦」というタイトルの文庫本を見付けて買ってしまいました。長くプロ野球の試合を観ていますが、1994年10月8日のナゴヤ球場での試合は、興奮しましたし脱力感を強く感じた試合はありません。私でもそうですから、担当記者だったならより強く感じた事と思います。

私が小学校時代、高木守道監督は中日ドラゴンズでは、唯一の全国区の選手でした。当時は、寡黙な選手と言うイメージでした。しかし、ある意味星野仙一監督より“瞬間湯沸かし器”的だった様です。そのかわり、開き直るとトコトン突き詰める性格とも言われています。その良い面が出たのが、1994年のシーズンだった訳です。8月末に解任の内示を受け、開き直るとチームは連勝し、逆に連敗が増えた巨人と、10月8日に最終決戦に持ち込んだのです。

天性の明るさが魅力の一つである長嶋茂雄監督は、連敗が続き10月8日に最終決戦となると、逆に、喜んだと言われています。自ら“国民的行事”と命名し、その決戦を楽しんだ様子でした。こうなると、天性の閃きがエース三本柱の投入を考え出します。逆に、高木守道監督は王手として今中慎二選手を先発させます。エースに託すのですが、シーズンと違って短期決戦では、形振り構わない一手が必要だった様で、エースか転けた時の事前のフォローが無く、負けてしまいます。“人間万事塞翁が馬”ではありませんが、最後は、積極的に動いた方が強い様です。

では。(2015,11,10)
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