『青い山脈』part2

六十郎の伊藤正尚です。

9月5日に原節子が亡くなっていた事が一斉に報道されています。95歳ですし、42歳で事実上引退して以降、滅多にマスコミに登場しない人でしたので、若い世代には馴染みが無いかと思います。私でも伝説の女優と言う認識ですが、彼女の代表作と言われる『紀子三部作』や1949年に公開された『青い山脈』は、DVDやYouTubeで観ています。小津安二郎監督との噂も知っていますが、あくまで噂で、以前、小津安二郎監督は別の女性と親しかったとの記事も出ていました。

以前、この欄でも『青い山脈』と題して書いています。しかし、その際は木暮実千代の話題でした。今回は、原節子で書かせていただいております。私が若い頃は白系ロシア人のクゥウォーターと聞いていましたが、エキゾチックな容貌と大柄な肢体が目を引きます。“大根”と僻みも加わって言われていますが、『青い山脈』の島崎雪子役の台詞は心地よい響きがします。大スターだけに、その存在だけで引き込まれるオーラがありました。

小学生時代、父親が買っていた「国民の歴史」と言う写真を中心とした歴史本集がありました。その中に、戦後、原節子が政治的なメッセージを発していたポスター写真を見た記憶があります。戦前の清楚なイメージを払拭する、ボーダーのTシャツにパーマの掛かった髪の毛、そして、大きな口を強調する様な口紅のラインでした。戦後、女性の自立が民主主義には必要と言う雰囲気を体現し、また、発言していたのかもしれません。

映画『青い山脈』はその後何度か映画化されました。1963年には日活で映画化されました。1949年版で原節子が演じた島崎雪子役を、日活版では芦川いずみが演じています。ただ、日活版では主役が寺沢新子役の吉永小百合に移っています。終戦直後の世相と、1963年の世相が違っていた訳です。終戦直後の島崎雪子(原節子)の対応や発言は、それだけ重かったのでしょう。その重さがあったからこそ、主題歌の♪青い山脈♪の軽快なメロディーがより引き立ち、自転車で海に向かう原節子達の開放感が生きたのだと思います。

では。(2015,11,28)
DSC_0153.JPG