「月刊文藝春秋」1974年11月号

六十郎の伊藤正尚です。

昨日、田中角栄元首相が1976年に逮捕されたと書きました。1974年10月に「月刊文藝春秋」11月号が発売され、その中の立花隆の「田中角栄研究ーその金脈と人脈」と児玉隆也の「越前会の淋しき女王」の二本の記事が世間を震撼させます。田中角栄元首相は、当時は“今太閤”と呼ばれ、歴代の首相経験者の中で唯一の高等小学校卒業の経歴でもあり、人気を得ました。彼が唱えた“日本列島改造論”は、多くに支持者を得ました。来月開通する北海道新幹線等の新幹線網構想も、その改造論の中で示されていました。

田中角栄元首相は、選挙民だけで無く、色々な方面でも独特の人心掌握術を持っていました。若手官僚の構想を議員立法で具現化する事で、若手官僚からの支持も得ていたと言われています。建設会社に為に、道路整備用に自動車税を創設したのも田中角栄元首相と言われています。一方で、教職員の給与を民間並みに引き上げたとも言われ、私の中学時代、管理職の教員が「角栄サマサマ」と言っておられた事を覚えています。その行動力が、他の議員から嫉妬されていたとも言われています。

石原慎太郎元東京都知事が発売した小説「天才」が売れている様です。書店では、「天才」と共に田中角栄関連の書籍が並べられています。石原慎太郎元東京都知事は、1973年に自民党内に“青嵐会”を結成し、田中角栄元首相が断行した日中国交正常化に断固反対するなど、常に反田中角栄派でした。一説には、「月刊文藝春秋」1974年11月号に立花隆の記事が載るなら児玉隆也の記事も一緒に掲載する様に編集部に助言したとも言われています。その石原慎太郎が、今回、田中角栄を天才と祭り上げた事もビックリポン!です。

私のお客様で、田中角栄元首相の秘書を務めた故人の早坂茂三と仲が良い方がおられます。その方が仰るには、「田中角栄番の新聞記者達は、立花隆の記事や児玉隆也の記事の内容は全て知っている事で、驚く内容では無い。ただ、新聞社や番記者となると色々な制約もあり、記事にしない事が多い。」と言っておられます。どうやら、今も昔も新聞社や番記者の体質は変わらない様です。今年の甘利明元経産相の辞任に導いたスクープも週刊文春でしたが、番記者が知っていながら書かなかった、いや、書けなかっただけかも知れません。

では。(2016,02,28)
DSC_0204.JPG