『ブラタモリ 沖縄・首里』

六十郎の伊藤正尚です。

2月27日に夜、NHK『ブラタモリ 沖縄・首里』編が放映されていました。地域の会合があり、番組終了間際に帰った為、28日の朝、録画を観ました。実は、ネット上では1月26日と27日に沖縄ロケが行われていたとの目撃情報がありました。1月24日夜には、沖縄本島でも雪が観測されたとのニュースがありましたが、画面を観ても肌寒そうでした。何故なら、放映日の関係でタモリと桑子真帆アナウンサーの二人は、春物の装いだったからです。

一昨年、家内は義姉様と二人で沖縄散策をして来ました。よって、私が録画を観ている横でロケ地となった首里城の事など解説してくれました。ブラタモリは旅番組のジャンルかと思いますが、所謂、観光地案内は滅多にしません。今回も首里城を探索しますが、地球地学的な面から地形等を確認します。サンゴ礁から出来た琉球石灰岩と中国大陸からの泥で出来た泥岩との境目に水脈があり、その水が湧き出る場所がある事で高台でも城が出来た事が良く分かりました。孤立した高台の城で水の確保に疑問が有りましたが、干ばつでも困らない天然の要塞だった訳です。

1972年(昭和47年)に、沖縄返還が実現します。当時のリチャード・ニクソン大統領と佐藤栄作首相との取り決めでした。ジョンソン前大統領と違い、リチャード・ニクソンは、ベトナムからの撤退を選挙公約としていた事も有りました。既に、ベトナムからの撤退時期を視野に入れていた事もあり、前年の1971年に沖縄返還協定が結ばれていました。当時、新聞やニュース等では道路の通行方法が本土と真逆の為に混乱する沖縄県民の様子を伝えていました。翌年(1973年)には、ベトナムからアメリカ軍は撤退します。

私の名前は“正尚”ですが、名付けた父親から何故“尚”の字を使ったかは聞いていません。歴史的には沖縄の前身は“琉球王国”です。その王朝は、“尚”氏が治めていました。薩摩藩が実質支配下に置いていましたが1879年(明治12年)まで琉球王国は続きます。廃藩置県後、“尚”氏は華族となり今日に至っています。何と無く親近感があり、“尚”氏のその後が気になっていましたが、放送ではその“尚”氏の自宅敷地内にある地下水用の“樋口”も案内されていました。ブラタモリらしい“知り得る喜びに満ちる”内容でした。

では。(2016,02,29)
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