『女帝 春日局』

六十郎の伊藤正尚です。

以前、“日本人は奇数が好き”と書きました。ただ、“日本一”と表現すると角が立つと考えたのか、“日本三大○○”と言った表現で紹介する場合が多々あります。“日本三大祭り”と言うと、京都・葵祭・大阪・天王寺祭・東京・山王祭となる様です。私自身が関西に近い位置で産まれた為か、葵祭や天王寺祭は思い浮かびますが、山王祭がピンと来ませんでした。先週、民放の某番組で概略を知り無能さを改めて感じました。

江戸城ができる前の江戸は、寂れた土地だった様です。その地を、徳川家康は海や湿地を山を削って埋め、利根川から神田用水を敷設して飲料水の確保をして城下町を整備しました。徳川家康のアドバイサーだった僧侶天海が“風水のみたて”で、上野・寛永寺(鬼門対策)や赤坂・日枝神社(裏鬼門対策)等を建立します。特に、赤坂・日枝神社は元々は太田道灌時代の江戸城内にあった様ですが、徳川秀忠時代に城外に移り、以後、今日に至っていると聞いいています。江戸城で最初に生まれた将軍となる三代徳川家光以降、日枝神社の大祭山王祭は江戸幕府が費用を賄う為、江戸第一の扱いです。

現役の宮司であり、公的な会合で度々ご一緒させていただく先輩から日枝神社の事を教えていただきました。日枝神社(ヒエジンジャ)元々は比叡山の麓の大津市にある山王総本宮日吉神社(ヒエジンジャ)の別れで、同じ漢字名前を使う事を憚り読みは一緒でも表記を変え日枝神社となったそうです。(✳︎川越日枝神社を江戸に勧請)風水のお陰か、はたまた、徳川家の強運かは不明ですが、太平の世が300年続いた事は世界史から見れば奇跡と言える驚くべき事実です。

1990年公開の映画に『女帝春日局』があります。江戸幕府が落ち着くまで、将軍家を陰で支えた春日局を主人公にした映画です。俗説に倣ったのか三代将軍家光は、春日局の実子との設定です。史実かどうかは別として、三代将軍家光時代に江戸幕府は安定し日光東照宮等も建立されています。初代徳川家康の江戸城入場を再現する山王祭を三代将軍家光は見物したそうですが、私も生きている内に一度は山王祭の行列を三代将軍家光の気分で観てみたく思います。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
では。(2016,06,08)
写真.jpg