♪私の城下町♪

六十郎の伊藤正尚です。

今は名古屋市内にある損害保険会社の支社が所属先ですが、かつて、小牧市内の支社に所属した事があります。経費節約で、当時は賃貸ビルから自社ビルへ支社を集約する一環でした。何時だったかは忘れましたが、小牧支社時代に先輩方と昼食を食べに隣の犬山市まで遠征した事があります。古い城下町で、駐車場からうなぎ釜飯を食べさせる店まで細い路地を歩いた記憶があります。寂れた印象が強く、うなぎ釜飯の味は思い出せません。そんな犬山市へ所用が出来、先日、訪ねました。

犬山城は、江戸時代の天守閣が残っている為、国宝です。加えて、2004年まで個人所有となっていた稀有な城でもありました。その後、財団法人が管理する形になり、犬山市も城下町の整備を図った様です。狭い路地を少しでも広くする為に電信柱を撤去し、観光客が散策しやすくしたのです。城下町の風情が復活し、結果、徐々に観光客が増え、私が訪ねた時も生憎の空模様にも関わらず、傘をさして散策する観光客が多くいました。少し手を加えただけでも景観が復活する様です。

1960年代までは、団体旅行の時代でした。しかし、大阪万博を機に個人旅行の機運が高まり、1970年から旧国鉄は“ディスカバー・ジャパン”キャンペーンを展開します。古き良き日本を訪ねる機運が高まりました。そんな1971年に小柳ルリ子が歌った♪私の城下町♪が大ヒットします。格子戸をバックに絣の着物を着た小柳ルリ子の写真があった事を覚えています。しかし、バブル期を機に再開発ブームが古い日本の風景を無くして行きました。ただ、時代の流れに一歩も二歩も遅れた犬山は、逆に、手付かずの城下町が残り今注目される事になった訳です。

今、日本的な生活をするにはコストがかかる時代になっています。木造の日本家屋でも着物でも高価な金額になってしまいました。そんな時代に逆行し、日本の伝統や食文化を必死に受け継いで行こうとする人達もいる事を知っています。犬山へは伝統の守口漬(守口大根の奈良漬の総称)を守る食品会社のパイロット店を見学に行きました。守口漬のアイスなど意欲的な食品も体験しました。無添加にこだわり、日本の食文化を守るとの経営者の意気込みを感ました。たまたま、着物の復活を願い模索する女性経営者と一緒でしたが、「願いは一緒」と彼女が言った言葉を確かに聴きました。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
では。(2016,06,09)
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