「路地裏の経済学」

六十郎の伊藤正尚です。

「ググる。」と言う表現に違和感を感じなくなってどれ程の時間が過ぎたのでしょうか。二十代三十代には、“ググる”は普通の事で雑誌をめくったり嫌な先輩にお伺いを立てなくても解決する事も多い様です。その為、手間暇かけて書籍や雑誌を調べる事をしなくなり、少し、物事の本質からズレた事を気が付かないままに終わっている気がするのは私だけでしょうか。過去の事件や流行を検索をする際、画面にはその頃の雑誌の広告や“時代の空気”は出てきません。特に、“その時代の空気”は物事を知る時や判断する時の重要な要素です。

今やネット広告に軸足が移りつつありますが、10年一昔以前は、企業広告は新聞や雑誌広告が中心でした。その為、その時代の流行の元になった広告や惹句は広告を丁寧に見て行かないと過去の流行の理解は出来ません。勿論、一面だけを見ては見誤りがちですので、多面的に見ては判断しなければ行けません。田舎に在住していると、東京で流行っていると言われても全く理解出来ない事があります。東京は、1,000万人以上の人口を抱えています。仮に5%の利用者しか無くても、数字にすれば500,000万人が利用する事になります。物事は多面的に見なければ誤認する事例です。


1979年に「路地裏の経済学」が大ヒットしました。著者の竹内宏が、長期信用銀行時代に調査部に左遷され、調査と言って時間を潰していたパチンコ店や商店街の事象から経済動向を見る方法を編み出し?ています。この独特の分析力にマスコミも飛び付き、一躍、人気評論家になりました。私も彼の講演を聴いた事がありますが、書籍等の内容を鵜呑みにせず、現場で確認する姿勢に共感を覚えた事を記憶しています。東大経済学部出身のエリートでしたが、本来嫌われる調査部への左遷をチャンスに変えた人でもありました。

“スマホ依存症”と言う表現もあります。その結果が、“スマホ歩き”となっています。しかし、利便性が向上し、加えて、“ググる”回数も増えているのに、社会全体が薄っぺらな空気が覆っている気がします。竹内宏ではありませんが、現場を見なかったり一面だけを捉えて語りがちだからかと思います。ここ2週間程の“舛添バッシング”も、舛添要一都知事本人の対応の不味さが一番ですが、一方的な情報だけで社会全体が裁く空気にやや違和感を感じました。少しスマホを忘れ、アナログ的な情報収集をする事で新発見があるかも知れません。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
では。(2016,06,18)
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