「峠」part2

六十郎の伊藤正尚です。

昨年の今頃「峠」と題して投稿しています。前振りで、司馬遼太郎が1975年に「翔ぶが如く」で“翔”を使って以降、男の子の名前に“翔”が使われる様になったと書いています。今年は一段と凄みを増した日本ハムの大谷翔平選手もその一人です。日本ハムにはもう一人中田翔選手もいます。二人が活躍するほど、“翔”を使う男の子が増えるかも知れません。何故“翔”から始めたかと言えば、昨日、大谷翔平選手を生で観たからです。単純ですが、大谷翔平は走攻守で本当に良いです。

「峠」では、新潟県の小千谷出身のジャーナリスト櫻井よしこさんの話題も書きました。櫻井よしこさんが、某雑誌に小千谷の名物として“小千谷紬”と“へぎ蕎麦”を紹介していた事も書きました。櫻井よしこさんも時々着物姿を披露していますが、きっと、出身地の“小千谷紬“を着ておられるのだと思います。男の私からは着物がよく分かりませんが、“小千谷紬”は絹織物ですので、間違い無いかと思います。何年か前に、櫻井よしこさん本人にお会いしましたが、洋装も綺麗でしたので和装ならより綺麗だと思います。

私が住む瀬戸市は、昭和40年頃までは陶磁器の輸出で潤った様です。自動車産業ではありませんが、陶磁器産業も多くの下請けが必要でした。そのネットワークが市内や周辺町村にひろがり、内職需要も多くありました。しかし、ニクソンショック以降、輸出がダメージを受け、挽回する為に中国や台湾等へ進出しましたが結局尻すぼみとなり、市内の工場跡地はマンションに今はなっています。勿論ネットワークも壊滅状態で、地場産業復興の声が上がっても、ネットワークの再編が無ければ駄目かと思います。

着物にもネットワークがあり、技術が細々と継続されていましたが、今や、どの産地も壊滅の寸前と言われている様です。知人の女性は、技術を着物以外で活用し継続が出来ないだろうかと模索されています。その思いを具体化したギャラリーが先週オープンしました。小さな一歩かも知れませんが、技術の継続の為に、大きな力となる事を切に願っています。日本酒の産地では、公的な行事の飲食の乾杯を日本酒でする条例を制定している所があります。着物の産地では、公務員や公的な行事には着物や着物技術を活かした製品を着用する条例を制定する事もありかも知れません。着物が大きく飛翔する事を切に願っています。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
では。(2016,06,20)
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